「『ムント』シリーズ公式資料集 MUNTO -HISTORY BOOK-」について。

先日、『中二病でも恋がしたい!』シリーズの原画展を見に立川のオリオン書房に行ってきました。…行ってきたは行ってきたんですが、すでに展示期間が終わっていたらしく、原画を拝むことはできず…。次の機会は逃さずチェックしたいものです…。

 

手ぶらで帰るのも寂しいので、最近買えていなかったムック本をいくつか買いました。
その中で「『ムント』シリーズ公式資料集 MUNTO -HISTORY BOOK-」が面白かったので、本書の概要と併せて個人的見どころをピックアップしたいと思います。

本書の概要

京アニショップの商品紹介文書には

京都アニメーションの“原点”となる完全オリジナルアニメーション『ムント』シリーズ。その映像化までの歩みをたどる資料集が登場!

とあり、第1章では木上益治さんの「原案」、第2章では映像化が本格的に動き出したあとの「企画書」が、そして第3章では『MUNTO』、『MUNTO ~時の壁を越えて~』、『空を見上げる少女の瞳に映る世界』それぞれの「設定資料」が掲載されています。
「歩みをたどる」とあるとおり、当初の原案から実際に映像化された『MUNTO』までのテキストや構成案、そしてキャラデザインが数多く載っています。特に興味深いのは第1章の「原案」で、木上さんの描かれたイメージボードは一見の価値ありです。キャラクターのポージングや影付けがどれも美麗で、キャラクターの心象風景にまで迫る表情の付け方は「三好一郎」としての演出力も垣間見える気がします。
第1章を読むかぎり、当初はボーイ・ミーツ・ガールというよりも少年の冒険譚のような物語だったようですね。『未来少年コナン』を彷彿とさせるようなデザインと、それに魔法とファンタジーを織り交ぜたような世界観で、シンプルなキャラデザインだからこそのアニメーションの躍動感を重視されているのかな、と感じました。

ただ、この「原案」がいつごろ作られ、第2章の「企画書」へどう変化したのかが明らかにされていないのはとても残念です。前述の通り、第1章から第2章の間だけでもかなりの方向転換をしてるんですよね。「原案」ではリュウという少年が主人公で、ムントは伝説上の存在。ユメミのような現代に生きる少女は一切でてきてません。ですが、「企画書」では唐突にユメミがヒロインとして存在している。この方向転換はクリエイター側の考えだけではないようにも見えるのですが、詳細はわからず。もう少しそれぞれの資料の行間について語ってほしかったな、と思いました。

同じ京都アニメーションの書籍で言えば『響け!ユーフォニアム キャラクターメイキングラフ集』は池田晶子さんのコメントとともにデザインの変遷にどういった経緯があったのかがつまびらかにされていて、とても興味深かったのを思い出します。本書は資料の掲載だけで、その資料を作るに至った経緯が抜け落ちてしまっているような感じがしました。木上さんが亡くなり、『MUNTO』のキャラデザインである荒谷さんが京都アニメーションにいない以上、仕方がないのかもしれないですが、八田さんが語ってくれたりしたら嬉しいなとも思ったりしますが…。

本書の個人的見どころ 端書きの「腰」と「カーディガン」

貴重な資料である木上さんのプロットやイラストはもちろん見応え抜群なんですけど、個人的には多くのページを割いている第3章「設定資料」も面白かったです。
というのも、キャラデザインをされた荒谷朋恵さんの端書きがとても多い。

MUNTO ~時の壁を越えて~』の設定資料には特に多くて、荒谷さんの個性を感じる文体がどれも面白いです。

ムントのデザイン補足の項目ではこんな端書きが。

顔も大事なんですが、今回一番気を遣って頂きたいのは腰デス。にくつぎにかなめで腰です。四六死苦!

ムントはへそ出し?腰出し?のデザインですし、そこに荒谷さんのこだわりを感じます。たしかに腰のラインの筋肉の描き方やディティールが凝っているカットが多いです。ボトムスがローポジなのもあってムントのセクシーポイントなのかもしれません。

ただ、この「腰」にポイントがあるのって荒谷さんだけじゃなくて木上さんの絵もそうなんですよね。スレンダーな体のラインが特徴的な木上さん(ときに三好演出、ときに多田作監)回は腰の長さがすごく印象に残っています。

*1

どれもポージングが映えるデザインですし、シルエットが美しいです。動く…特に走るときの躍動感に繋がっているようにも感じました。ムントシリーズにおいてもムントのアクションやユメミの走る芝居のときに、「腰」の美しさを感じるカットが多い気がします。

キャラクターデザインは荒谷さんですし、腰にこだわる端書きも荒谷さんのものですけど、この腰のラインには木上さんの文脈も載っていそうだな、と感じられて興味深いです。

 

荒谷さんの端書きを読んでいて、もう一つ気になったのはユメミの補足項目に書かれたカーディガン。

そこにはカーディガンの材質を含め細かく書かれているのですが、その最初に「非常に軟質にかいて下さい」と書かれており、この一文が本編の芝居の下地にあるのだな、と。

例えばこのカット、カーディガンに着目すると、スカート以上に軽く、柔らかく揺れる描き方がされているのが重心移動の名残りのようになっていて素晴らしいです。芝居作画の上手さに加えて、こういったところに荒谷さんの端書きがバックボーンとしてあるのだなあ…という再発見があって嬉しかったりしました。

このカーディガン、芝居やアクションのアクセントになっているうえ、ユメミの柔らかい雰囲気や儚さの印象にも繋がってるのが上手いなあと思ったわけですが、「京アニ作品」というくくりで見ても、印象的なカーディガンって結構あると思いませんか。

個人的にはこの3つ。それぞれユメミのカーディガンの意図に結構近いところにあって、派生とは言いませんが、それに近い要素は持っていると思うんですよね。
涼宮ハルヒの憂鬱』の長門有希は『憂鬱』のときにもカーディガンを羽織っていますが、作品通して季節が冬である『涼宮ハルヒの消失』では、ほぼ常時カーディガン姿。シルエットが隠れたデザインは儚さにも繋がっているな、と感じたりしました。一方で『涼宮ハルヒの憂鬱』4話では対朝倉での翻るカーディガンがアクションのアクセントとして使われていたり、『涼宮ハルヒの憂鬱』28話「サムデイインザレイン」ではハルヒと有希が寝ているキョンへカーディガンをかける、という「想いのプロップ」としても使われていました。

たまこまーけっと』の朝霧史織も長門有希に近い、「儚さ」のカーディガンですよね。ただ、史織に関しては堀口悠紀子さんデザインという文脈もあって、『けいおん!』の夏用カーディガンも思い浮かんできます。更に遡ると『CLANNAD 〜AFTER STORY〜』15話、堀口さん作監回では古河渚がカーディガンを着ていたりします。

これに関しては15話のスタッフコメンタリーで15話演出の北之原さんが言及をしています。

カーディガンがね、作監の堀口さんが是非出したいと。(中略)最初のところ、俺もなんか出したいな、と。あそこで、堀口さんが、なんかの要素を…。ちょっと(渚が)起きてきて、(朋也と)朝一緒に話してって。

「なんかの要素」でまとめてしまう北之原さん節…!コメンタリーでは15話の光の演出についても熱く語る北之原さんですが、ここでは朝の光や朝の空気感にも触れられていて、その演出の一つとして堀口さんがカーディガンを選択した、といった感じの文脈で話されてました。加えて、渚の体調悪化にも焦点があたる話数なので、ここにも「儚さ」のカーディガン、といった趣きです。

境界の彼方』の栗山未来はアクションのアクセントとしてのカーディガン。日常に溶け込んだ服装でありながら非日常なアクション、というコントラストにも一役買ってますよね。
そして未来のカーディガンについては『境界の彼方』1話のコメンタリーで少し言及があります。キャラデザ・門脇未来さんが石立太一監督から

カーディガンの後ろ姿の見え方とか。背徳感、背徳感って…もっと背徳感を、と。

という要望をもらったと話されてます。話の文脈から推測するに、か弱そうな女子高生が戦う、という背徳感の強調としてカーディガンの後ろ姿をこだわれということみたいです。ピンク色のカーディガンによる「少女」という要素の強調もあって、ここにも「儚さ」のカーディガン、なのかもしれませんね。

…話を戻します。本書には他にも独り言のような端書きが多々あったり、その中で荒谷さんがこだわりたい部分が書かれていたりして、見どころの多さに惹かれました。

併せてチェックしたい『ギチギチみかん箱』

『ムント』シリーズ関連書籍として併せて読みたいのは荒谷さんが描かれている『ギチギチみかん箱』*2。『ムント』シリーズのキャラデザをされているころの荒谷さんが「みかん」*3に扮して木上さんとの打ち合わせや日常の出来事を四コマにされているのですが、これが本書の行間を埋めるような役割を担ってたりしています。

例えば本書に掲載のある、当初の木上さんのアイデアであった「10才・ユメミ」。本書では「現在のユメミに至る前に木上益治によって描かれたラフ画」とだけ記載されてますが、『ギチギチみかん箱』ではユメミは小学生だと説明する木上さんに猛抗議する荒谷さんが描かれてます*4。そして「じゃ、じゃあ中学生かな…」と根負けする木上さん。…このやり取りが真相かどうかは謎ですが、ユメミの年齢が最終的に上がったのは荒谷さんの意も多く含まれてそうです。

あとは本書の『MUNTO』設定資料にある、ムントの表情の項目の「そこまで表情豊かじゃないようです」という荒谷さんの端書き。なんかここだけ他人ヅラっぽい…?って感じの書き方ですが、『ギチギチみかん箱』にその真相?が。そこには「でね、今回のムント 怒ってるから無表情なの」と説明する木上さん、そしてそれに猛抗議する荒谷さんが描かれてます*5。この他人ヅラ感ある端書きは荒谷さんなりの抗議の現れ…なのかもしれません。

 

以上。
ちょっと残念な部分もありますが、『ムント』シリーズの資料としても、木上さんのファンとしても、そして荒谷さんのファンとしても見どころの多い資料集であることは間違いないです。

2022年12月6日現在、京アニショップにまだ在庫もあるようですのでチェックしてみてはいかがでしょうか。

kyoanishop.com

*1:左から『フルメタル・パニック?ふもっふ』3話の多田作監回、『フルメタル・パニック! The Second Raid』8話の三好演出回、『AIR』11話、三好演出回。どれも京アニ元請け作品の初期の頃ですね。特にふもっふの3話はキャラデザから随分離れたデザインになってます。

*2:今はもう京アニショップで売っておらず、中古で出回ってるだけです。極稀に中古のネットショップとかで見かけますが、プレミア値になってないのが謎です。

*3:本書の設定資料にもみかんが登場しているところがあったり。

*4:『ギチギチみかん箱』P6「第2回 はじめてのムント」

*5:『ギチギチみかん箱』同上