6月14日、『二十世紀電氣目録-ユーレカ・エヴリカ-』舞台挨拶付き先行上映に行ってきました。
入場者特典は岡村さん描き下ろしイラスト。ハムヘイ、ビッグになったな…(偉そう)

私は喜八があたりました。
上映は1話から3話をぶっ通し。今回の上映ではあくまで「上映版」らしく、放送版では未公開カットもあるとか。
エンドクレジットは1~3話をまとめたものになっていました。
コンテは太田さん一人。演出は太田さん、山村さん、宮城さん。順当に行けば一話を太田さん、二話を監督経験ある山村さんがやってそうですが、芝居の誇張のさせ方とかアクション的に2話が宮城さんっぽく見えました。作監と原画はクレジットが速くて全然わからず。
舞台挨拶レポ
…を書こうと思ったらこちらにレポートが。
補足するところもあんまりないですね。短い時間でしたが太田さんの発言も多くて面白かったです。太田さんは見るからにド緊張してましたけど、発言はいろいろ小ネタを入れていくスタンスで、それもまた面白かったり。
アニメ本編は全体的にコミカルな芝居とか誇張されたデフォルメチックな表情が多く、それが軸になってるシーンもたくさんあったんですが、
「彼らはふざけているわけじゃなくて、真剣に生きた結果ああいう表情になるんです。コンテを描きながらノリでどんどん生まれていきました」
この発言は意外でしたね。作品の方向性すら左右するような極端さでしたから、当初の演出の方針として固まってるものだと思いました。
もしかしたらツルネ2期のように監督がほぼほぼコンテ切る、みたいな体制なのかもしれないですね。
アニメ1~3話に見る、原作との違い。
まずは思いつく限り、原作とのアニメ(1~3話)の違いを列挙してみたいと思います。
| 原作 | アニメ | |
| 時代設定 | 史実と同様の明治時代 | 蒸気の技術が発展した「明磁」時代 |
| 電気目録 | 終盤まで所在不明 | 序盤で11番までがすぐに見つかる |
| 兄・清六と登場人物の関係性 | 終盤まで明かされない | 序盤で規子や陸との繋がりが明かされる |
| 万国博覧会 | 電気の力が示される場所 | 蒸気の力が示される場所 |
| 万国博覧会での清六 | 規子との逢引のために喜八と分かれる |
イルミネーションをつけるために喜八と分かれる |
| 洋輔 | 百川家の関係者とは初対面 |
陸と清六とは高等小学校の同級生 |
| 洋輔の目的 | 出世欲のため百川酒造を手中に収めたい | 電気目録を実現させるという清六との約束を叶えたい |
| 喜八の人物像 | 活発 | 臆病な一面がある |
| 稲子のドジ | 叱責され、稲子が死を考えるほどネガティブに描かれる | コメディタッチな表現 |
| 稲子の髪型 | 序盤でショートカットに変わる | 3話までは言及なし |
| アニメオリジナルキャラ | すずとケイト、鱒淵、オコジョのイナリ |
アニメは序盤しか見ていないので言い切れない部分もありますけど、印象は原作を読んだときとかなり違ったものに見えました。2、3話はほぼほぼアニメオリジナルのエピソードで、「原作」というより「原案」といった感じでした。
原作では稲子が望まない結婚に対して、シリアスに受け止め、父からの叱責によって本気で死を口したりするんですが、アニメではデフォルメチックな驚きをもって受けとめています。原作は「稲子の望まない結婚と、それを阻止するために洋輔が望む電気目録を探す」というのが物語の核となっていて、そこにはかなりシリアスで繊細な感情の機微があったんですが、洋輔が百川家でなく清六に固執している、とすることで、作品の雰囲気はガラリと変わっています。
また、原作では青春映画のようなロードムービーなんですけど、アニメでは稲子も友人も出てきて、彼らが今まで培ってきたコミュニティを舞台にしそうな印象を受けました。
清六が百川家まわりに関係がある、ということを(詳細は隠してますが)早々に明かしてしまったのも驚きましたね。原作では規子や陸への清六の影響力を終盤で明かすのに対して、アニメでは早々に清六が物語のカギを握っていると示唆していました。
正直、原作の湿度高めな稲子が気に入ってましたし*1、終盤に明かされる清六の存在、という構成も好きだったので、その点はちょっとショックでした。
ただ、原作のステレオタイプな悪役である洋輔がすごくもったいない気がしたので、行動に含みをもたせ、ケレン味があるアニメの洋輔像はとても良かったです。
原作もそうですし、今までに公開されたPVをみると硬派な作品になるのかな、と考えていたんですが、蓋を開けてみると太田さんの個性が光る冒険活劇になっていて、とても面白かったです。
本放送が楽しみになる先行上映でした。


Aパート、両親に進路を伝えたあと、自室で姉・麻美子のメモ書きを見る久美子。そのコンテに「表情、


このシーン付近はコンテから本編にかけてカットされてる部分が多いんですよね。

真由の真意に触れるあたりはコンテでコンポジットの指示が多くなっていきます。
「胸の高鳴り」というト書きを表現する「ポン寄りとダブルアクションみたいなPANUP みたいなテンポ感」。徐々に感情が昂ぶっていくような、そんなパンアップに感じました。






本編と比較していただくとわかりやすいんですが、「どうしてそんな…」と声が詰まる奏のカットは、コンテだと奏の表情にカメラを寄せるんですが、本編では表情を映してないんですよね。この塩梅が本当に素晴らしいです。












自宅についた、玄関前の久美子。







