『二十世紀電氣目録-ユーレカ・エヴリカ-』1~6話を見て-感想メモ-

現在放送中の『二十世紀電氣目録-ユーレカ・エヴリカ-』も、早くも第6話まで放送されました。
ここまで見てきた中で、気になった部分、そして書き留めておきたい部分をいくつか。

原作改変の「悪し」の部分

放送開始から間もない頃、原作者の方が、原作とアニメで大きく内容が異なることをネガティブに示唆するポストをされていました。

明治時代に即した世界から蒸気を強調する世界への改変、喜八と稲子の逃避行という原作の物語からの改変、シンプルな悪役に徹する洋輔からの改変…作品の根幹部分が大きく変わったわけですが、媒体が文章から映像へ変わる以上、どちらが良くてどちらが悪い、とは一概に言えないな、というのが個人的な感想です。

ただ、現時点で「悪し」と感じているのは、原作の大筋そのものを変えてしまったことです。
洋輔との婚約や父からの冷たい言葉によって、本気で「死にたい」と感じた稲子の失望感。その感情へ真摯に手を伸ばす喜八。それぞれの異なる価値観を語りつつ、逃避行の中で距離が近づいていく。真っすぐで誠実なストーリーラインの中で登場人物の心の内が明かされていく展開は、文化や価値観が移り変わる世界の中で、衝突から相互理解への軌跡が見事に描かれていました。

一方、アニメではここまで、電気を使った発明によって登場人物の未来を照らす物語が続いています。その物語の中で主要な登場人物が本音や心の内を明かす場面はあれど、各エピソードのゲストキャラの人物にそのスポットライトを奪われている印象です。6話は番外編のような色合いでしたし、物語の本筋から回り道しているエピソードが多いと感じました。

浦畑達彦さんがシリーズ構成を担当していることもあり、浦畑さんが各話脚本で参加していた『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』のような、1話完結のエピソードを積み重ねていく構成が頭をよぎりました。『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』ではさまざまな人物と出会うことで、ヴァイオレットがこれまで知らなかった感情を一つずつ知っていく、という心の動きがありました。

一方で本作では、ここまでのところ、喜八や稲子自身に変化を与える物語が少なく、価値観や感情を掘り下げる場面も乏しいように映ります。

原作がロードムービー的な物語なので、映像化が難しく、世界観を語るには適していなかったというのもあると思いますが、登場人物の感情表現や感情の掬い取り方は、今のところ満足のいくものではないです。

コメディの表現

原作とも違い、いままでの京アニ作品とも違う要素として、コメディの表現があります。

誇張した表情、デフォルメ、漫画的な実線の密度、線の揺らぎ。個人的には非常に面白い試みだと思いました。この表現について太田監督が触れるとき「真剣に生きた結果の表情」と言及しており、明度の低い背景とのギャップによって、更に登場人物の感情が強調されているように感じます。

この表現は特に洋輔の感情描写で用いられることが多く、嫌味のある敵役である洋輔に愛嬌を加えるという意味でも、面白いアイデアだと思います。

一方で、シリアスな感情を見せる場面では、少し危ない表現のようにも見えました。
先にも触れたとおり、原作では婚約者が洋輔であることというのは、稲子にとって絶対的に拒絶したい出来事です。婚約者となったことが直接的な原因ではありませんが、その過程で父親から叱責され、死を望む出来事にも繋がっています。

アニメでは婚約者ができたことに対して稲子の反応は鈍く、シチュエーションによってはコメディチックな表現にもなります。5話では少女漫画的な瞳の表現で他人の恋愛に興味を惹かれる姿もありました。

テレビシリーズという長い時間軸の中で、ずっとシリアスなトーンを維持することが難しいことは理解できます。また、今後の展開で「洋輔との婚約」に改めてフォーカスが当たる可能性もあるでしょう。
だからこそ、そのときに現在のコメディ表現が、物語の展開や人物の感情が持つ重さまで軽くしてしまわないか。そこには少し心配もあります。

演出の主役に据わる「背景美術」

京アニの映像演出はカメラワークやカット割り等の「演出」だけが主役ではありません。時に作画であり、時に撮影であり、いろいろなセクションからの足し算の部分に魅力があると思います。

本作ではその主役の座が「背景美術」にあるのは、画面を見ているとひしひしと伝わってきます。土や草木、川が身近にある一つ前の時代。そしてそこに漂う煙霧。独特な世界観の表現方法は本当に素晴らしいです。

背景と登場人物が並び立つ世界。当然といえばそうなのですが、これができている作品というのはそう多いものではありません。そのうえで独自の世界観を作り上げているところに、太田監督のこだわりを感じました。

 

物語の部分では、原作から大きく形を変えたことで、まだ評価を決めきれない部分もあります。一方で、映像表現については、ここまでの6話だけでも「この作品でしか見られないもの」がかなり見えてきました。コメディの表現も、背景美術の作り込みも、これまでの京アニ作品とは少し違った方向へ踏み出そうとしているように感じます。

原作を知っているからこそ気になる部分はありますが、だからといって原作との違いだけを追いかけてしまうのも、少しもったいないなと感じています。「spoon.2Di vol.136」掲載の太田監督インタビューでは終盤話数の展開に注目を、という発言もありました。

残りの話数で、喜八と稲子の物語がどこへ向かうのか。そして、この独特な世界を太田稔監督がどのように描き切るのか。

引き続き、楽しみに見ていきたいと思います。