『特別編 響け!ユーフォニアム~アンサンブルコンテスト~』位置関係の演出。

『特別編 響け!ユーフォニアム~アンサンブルコンテスト~』(以下『アンサンブルコンテスト』)では、今まで経験したことのない部長というポジションに挑戦する久美子ですが、それに併せて久美子の画面上での立ち位置もいままでと違ったものがありました。

久美子と麗奈の位置関係

久美子と麗奈の主要な場面を振り返ると、1期2期ともに久美子が麗奈の「特別」に触れるシーンでの位置関係が印象に残ります。「特別」はすぐ横にあるものではなく、「特別」を見せる麗奈の一瞬の表情へ久美子が目線を向ける必要があるわけで、二人が向き合う位置関係で描かれることが多かったです。

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上下の関係とまでは言いませんが、「並び立つ」関係とも違う立ち位置で、麗奈の発言や表情を受けて久美子がなにかを感じ取る「向き合い」の位置関係です。

『誓いのフィナーレ』の大吉山のシーンでは、この関係性に変化が訪れます。

今まで宇治市街の灯りを背に立つのは麗奈と決まっていましたが、『誓いのフィナーレ』では二人が横並びの立ち位置に変わります。麗奈から、いつか終わりがくることの不安の告白があり、今しかない時間を噛みしめる。「特別」を同じ気持ちで共有する立ち位置になったと言えるのかもしれません。

そして『アンサンブルコンテスト』。二人が並ぶ姿が当たり前であるかのように描かれる本作では、単に「特別の共有者」だけではなく「部長とパートリーダー」という関係性も加わり、二人で歩を進めているような印象を受けました。

もちろん、今までのシリーズでも並んだ立ち位置で会話するシーンは多くありましたが、ここまで徹底した横並びの位置関係にするのには、『アンサンブルコンテスト』で新たに付された「部長とパートリーダー」の関係性を印象付けておきたいからではないかな、と感じました。

一方で廊下のシーンは「部長とパートリーダー」の関係性だけじゃないっていうのをキチンとフォローするような演出で、石原さんのバランス感覚の巧みさにニヤリ。
このシーンまでは「自分は残った人と組む」という部長としての考えを優先していて「麗奈に選ばれたい」という気持ちをなかなか表現することができなかったわけですが、このシーンによって気持ちを一気に後者へ傾ける、カタルシスにも似た感情がありました。久美子自身の感情もそうですが、久美子と麗奈の何気ない様子が見たい私たちの感情のガス抜きも同時に行う巧みさが見事です...!

そして、このシーンを単なる「視聴者へのご褒美シーン」にせず、久美子の上向きな表情と動的な空PANで、関係性や役職に囚われない久美子の心象風景を映し出す演出が素晴らしかったです。

渡り廊下のシーン 久美子とつばめの位置関係

『アンサンブルコンテスト』においてスポットが当てられたつばめですが、心情を吐露するシーンとして終盤の渡り廊下のシーンがありました。このシーンでも久美子とつばめの位置関係の演出が鍵を握っていました。

マリンバを段差から下ろしたタイミングで、つばめが「黄前さんって一年からずっとコンクールメンバーでしょ?」と声をかけるのがまず良いです。つばめの心情の深い部分に潜る、布石のような演出がすごく自然に行われている気がします。

そして二人が並んでマリンバを持ち上げるタイミングで、つばめが「コンクールの本番ってやっぱり怖い?」と訊ねます。今までコンクールとは縁がないと決めつけていたつばめにとって*2コンクールの話をすることは、かなり繊細なことなんだと思うんです。目と目を合わせる、向き合う位置で話してしまうと「つばめがコンクールを意識している」という部分にフォーカスが当たって、久美子に伝わりすぎてしまうことをつばめは恐れているのかもしれません。

そしてこの後、再びマリンバを持ち上げるのと同時に、つばめの「私もコンクールに出たいと思っても良いのかな」という本心も浮かび上がります。ここも目線は合わさず横並びの位置関係によって、本心を伝えることに臆病になっているつばめの心情に寄り添った位置関係の演出でした。

そしてこのシーンは自然に本音を打ち明けられる位置関係に加えて、シーンラストで「一人で前に進み出すつばめと、それを見守る久美子」という位置関係を表現する伏線のような役割をしているのが面白いです。

二人並び立ったところから、久美子がつばめの背中を押すようにも見えるこのラストは、部長・久美子としての「初めの一歩」としても描かれています。つばめの成長に加えて、久美子の成長をも映し出す、巧みな位置関係の演出でした。

 

また、石原さんはインタビューでこのようなお話をしていました。

日常のさりげないところで、重要な話をすることってありますよね。マリンバを運ぶシーンが今回のクライマックスだと思っています。*3

上述の位置関係が石原さんの言う「日常のさりげない」を作っているのだと思います。そしてこの「さりげない」が、つばめの意図によって作られている、と感じさせてくれる演出が素晴らしいです。

今回取り上げた久美子と麗奈の廊下のシーン、マリンバを運ぶシーンの位置関係は原作になく、アニメ独自の演出です*4。会話の内容で伝わる日常の風景もありますが、石原さんの位置関係の演出によって「さりげない日常」が色付けされているのだと思います。

 

来春に放送される3期では新入部員も入ってきて、部長としての久美子、ユーフォ奏者としての久美子、麗奈と久美子…今まで以上に様々な位置関係が付加されます。『アンサンブルコンテスト』は最上級生となる前の「序章の物語」ですが、演出において久美子の現在地を明確にする、重要なマイルストーンになる作品だと感じました。

*1:上から1期5話、1期8話、1期11話、2期11話

*2:この後のつばめのセリフ「今までコンクールメンバーになれないのが当たり前だと思ってたけど」というのがありました。

*3:https://mantan-web.jp/article/20230813dog00m200030000c.html

響け!ユーフォニアム:4年ぶり新作 何気ない日常を丁寧に描く 石原立也監督が込めた思い」(2023年8月14日 MANTANWEB)

*4:マリンバを運ぶ場面は原作にもありますが位置関係の記載はほとんどなく、つばめがマリンバを一人で運んでいくのを久美子が見る、という描写のみです。この原作の描写から石原さんが着色した部分はあるかもしれません。