『劇場版ツルネ -はじまりの一射-』の新規カット・スタッフコメンタリーについて。

すでに2期の放送が終わってしまいましたが、『劇場版ツルネ -はじまりの一射-』について。

そんなにたくさん見ているわけではないですが、テレビシリーズを再編集した、いわゆる総集編映画って、最近は再構成にも力入っている印象があります。

本作、『劇場版ツルネ -はじまりの一射-』(劇場版ツルネ)も例に漏れず、単純にテレビシリーズの物語をなぞるものでなく、湊と雅貴の二人の関係性や、二人の過去に視点をおいて作り直している、といった印象を受けました。新規カットもその部分を強化するものとして追加されていたと思います。

新規カットについて

以下、推測ですが新規カット箇所についておおよその再生時間でまとめてみました。
こういうのってカット数とかだと思うんですけど正直実用性がない気がするので、再生時間で書いてみます。

00:00~06:40(湊と雅貴の回想)
06:57~07:06(練習前の更衣室)
08:35~09:28(回想後、練習前の更衣室)
12:14~12:47(中崎弓具店)
13:25~14:10(回想後、中崎弓具店)
18:24~19:24(湊と父の会話、母との思い出、風呂場)
30:55~31:31(雅貴の回想)
37:31~38:14(御札にパワーを入れたあとの神社、涼平の回想)
42:07~42:55(10話の弓道場のシーンのあと、湊のはやけが治りつつあるシーン)
49:22~49:34(雅貴の回想)
52:16~52:52(帰宅した湊)
55:26~55:44(更衣室)
57:11~58:39(練習する風舞と桐崎)
01:01:47~01:02:37(妹尾の試合)
01:28:18~01:28:21(弓を引く湊)
01:33:08~01:35:14(弓を引く雅貴から最後まで)

本編が約100分、うち10分前後が新規カット。
ただ、それ以外にアフレコの取り直しがあり、撮影し直しているカットも多く、画面の印象はテレビシリーズのものとはずいぶん違う印象がありました。個人的に一番変わったな、と思ったのは劇伴の使い方でしたね。テレビシリーズのときはメインテーマを高頻度で使ってましたが、劇場版ツルネでは劇伴抑えめで静謐な空気感が魅力になっていました。

新規カットでは瞳の演出が際立ってました。アップショットのみならずハイライトの揺れによる感情の震え、一方で動きを作らないアップショットで決意の表情。場面によっての演出の選択肢が多く、使い分けがとても上手でした。

 

個人的に一番印象に残ったのは、冒頭で八坂八段が引いた矢を見つめる湊のカット。

湊の心に“突き刺さる“衝撃。一瞬で流れる矢と、動かない瞳のコントラスト。そして世界が輝いたように光るガウス処理。幼い湊の衝撃の演出として絶妙でした。ちなみにこのカットは八坂八段の2射目。1射目はその弦音に魅了され、興奮して声を上げてしまう湊ですが、2射目ではその衝撃をすべて受け止めようとするが如く、静かに見つめる湊、そしてその瞳。眼の前の出来事を全身で感じる湊の描写としても、とても巧いな、と感じました。

スタッフコメンタリーについて

スタッフコメンタリーは4部構成。

1部 山村監督、太田稔さん、秦あずみさん

2部 山村監督、秦あずみさん、落合翔子さん

3部 山村監督、船本孝平さん、山本倫さん

4部 山村監督、太田稔さん、門脇未来さん

 

以下、印象に残ったお話。発言はママでなく要約してます。

  • 山村監督「この作品の成り立ちは、もともと二期の話があって、そのうえで劇場版やりましょうというところから。テレビシリーズは少年の話だったが、二期に向けて青年らしくしていきたいという映像作りを意識した。」

なんというか、めちゃくちゃ合点がいった発言でした。新規カットが瞳に寄った演出が多いあたり、山村監督は2期と同じ感覚で演出をしているな、と感じたので。画面の質感もそうですが、一期の頃と比べて新規カットや二期はかなり演出に寄った、画面重視の作品だと思ったので「少年ではなく青年」というのは画面の質感にも言えることかもしれません。無垢な白めな画面から、地に足ついた落ち着きを感じる画面へ。

  • 山村監督「自転車のシーンは太田さんが気合を入れてやってくれたシーン。」
  • 門脇さん「湊の母が「ツルネよ」と答えるカット。リップシンクを太田さんが丁寧に入れてくれている。」
  • 山村監督「太田さんはここぞというところで丁寧に仕事してくる。リアル志向を今回狙っていたと思うが、リビングで湊が突伏するシーンとか手をつくところとか、かなり太田さんが直してくれてた。」
  • 山村監督「海斗が更衣室に入ってくるカットは太田さんの演出修正じゃないと生まれてこなかった。太田さんは真面目にちょけるのが上手」

新規カットはどれも太田さんが相当手を加えていそうなお話が多々ありました。話の中で、リアル系に寄った芝居作画を目指したという発言もありましたし、芝居作画も含めて「青年の作品」を目指しているのかもしれませんね。
これは個人的な感覚ですが、太田さんが修正を入れた芝居作画は今までの京アニ作画とは少し方向性が違う印象が残りました。タメツメの効いた芝居や芝居の中でアクセントを残す木上さんや石立さんのような作画から、芝居の一連の動きの流れで見せることを意識しているような。ただ一気にシフトしたというよりも、少し味が変わった、というのが近いかもしれません。

例えば海斗が更衣室に入ってくるカットは、海斗の動きと隣にいる二人の芝居が一連の動きの流れの中にある。山村さんも言っているように「ちょけた」作画ですが、表情とともに動きも印象に残る作画になっていました。

太田さんが関わる部分だけ、というわけでなく原画マンの個性の可能性もありますが、芝居作画という部分では太田さんの個性がでている作品なのかもしれません。

  • 船本さん「キャラクターの中に光の処理を更に足している。今までの輪郭に光の反射を当てる処理は線の上に当てている。今回は線の中に、線より下のセルにのみ光を当てている。キャラクターの実線の内側に光が入り込むことによって、そのキャラクターの線が白くにじまない。輪郭をしっかりみせつつ光にもしっかりグラデーションが作れる。」

新規カットや二期を見ていて、画面の立体感やキャラクターの存在感がすごいな、と思ったのはこれが理由かもしれません。
顔の肌にグラデーションがあることでキャラクターの造形自体が立体的に見えますし、それだけで画面から情報量が増えるのかもしれないです。

このカットとかはアウトラインがぼかされつつも光によるグラデーションが肌にかかっているのがわかります。今までだとアウトラインに色や光を載せて画面の質感を作っていたんだと思いますが、「キャラのアウトラインを薄くすることで背景にキャラを載せる」から「キャラのアウトラインはそのままに、グラデーションで背景に載せる」という方向に舵を切った、といったところでしょうか。メリットとして違和感なくキャラクターの存在感が増す、といったような。

二期OPのカットですが、ここの撮影処理とか顕著ですよね。

鼻の影は多分原画マンが描いてそうですけど、そのまわりに薄い影がグラデーションとしてあって、首や耳の影を作りそうな場所にもグラデーションがかかっている。今までのやり方だと耳のアウトラインに光を足すんでしょうけど、このカットでは実線が強く残ってる。光の演出とキャラクターの存在感が打ち消し合わない表現です。

最近、MOVIX京都で船本さんも登壇したスタッフトークがあったみたいですが、ここらへん言及してそうなんですが…どうなんでしょう。撮影処理の前後を比較したOPの一部が上がってますが、ぶっちゃけ見たいのはサビの部分…

 

あとは門脇さんが石立さんをべた褒めしているのが印象的。京アニコメンタリーはあんまり個人の原画パートとか触れませんけど、ツルネ2期のスタッフコメンタリーでも門脇は石立さんのお仕事に触れていました。

 

以上。

山村さんの作品ですが、スタッフコメンタリーでの太田さんと船本さんの手腕が濃く語られてました。

コメンタリーに船本さんが出てくるたびに周りの方が「えぇっ!そんなことやってるの!?」ってなるのが様式美になってきましたね。船本さんは特に山村さんの演出回*1で暴れまわってる印象があります。今後の船本さんの活躍が更に楽しみになるコメンタリーでした。

*1:ヴァイオレット・エヴァーガーデン』7話の山村さん演出回、湖のシーンで船本さんが撮影マシマシにしたことをコメンタリーで話されていました。